
NHKのドキュメンタリー番組は結構面白いのが多いんですよね。その中でも、最近のシリーズではドキュメント72hoursという番組がいい。
同じ場所で72時間ぶっつづけで撮影と取材をします。そうすると見えてくるのはそこで生きている人たちの「普通」の生活です。
テレビの画面を通して自分とは違う「普通の人」を見ていると、自分の価値観であり考え方を揺さぶってくるんですよね。
そこのところをちょっと考えてみました。
ドキュメント72hoursで登場するのは「普通」の人々の生活・人生
『ドキュメント72時間』という番組では、毎週違うところの様子を映し出します。
あるときは、海が見える老人ホーム。
あるときは、金剛山山頂。
あるときは、湘南の海。
あるときは、京都の鴨川。
あるときは、クリーニング店。
どこでもあり得ます。
どこか定点を決めて、そこで72時間取材をします。登場人物はそこにいる普通の人たち。
老人ホームにカメラが入った時には、90歳を超えて恋愛や結婚以上の関係性になっている人や、そこで30年も住んでいる人の様子が映し出されます。
金剛山の回では、金剛山に毎日登る人。理由を聞けば、毎日自動カメラに写って家族への生存確認に使っているそう。
湘南の海に毎週行って始めて出会う人と話をするおじさん。海岸沿いの濡れた砂の上で自然を感じ、無邪気に転がる新宿で働く人。
京都、鴨川沿いで時間をつぶす青年や遠くで宴会をしているグループとそれを見ているグループ。
そんな番組、なにが面白いのかと思うんですが、面白い。
この番組は、他人の「普通」の生活や人生が自分とは全く別のものであるということをこれでもかと言うほどに見せつけてきます。
SNS・ネットの時代だからこそ知らない世界がある
最近の世の中は、フェイスブックやインスタグラムに代表されるSNSにより以前に比べ、他人の生活や人生がより可視化されるようになりました。
しかし、SNSを通して見えている部分は、自分と繋がりがある人や興味のある分野に限定されます。
SNSの中にあるのは自分が予想できる範囲のもの、想像可能な範囲のものがほとんどです。
新しい繋がりを作ることや新しい知見を得るよりも、既存の繋がりや考え方を補強する方向に向いがちです。
そんなSNS全盛といってもいい今の時代に、テレビ番組というまだまだ強大な影響力を持つメディアが、ある時間的・空間的に限定した個人の物語に注目したというのが72hoursのオモシロイところの一つであると思っています。
SNSと72時間、絆、繋がり
ドキュメント72hoursはテレビ番組ということもあり、インターネットとは違い、チャンネルの選択権を視聴者に委ねます。
2005年の年末に1度放送して、2006年10月から2007年3月まで放送をした後は、2012年まで放送がありません。2012年は7月に4本だけ放送して、2013年から2018年までは定期的に放送しています。
2005年はちょうどmixiが日本で流行り出した頃ですね。当時大学生だった私は、こんなサービスがあるんだな〜と、人の文章を読むのが面白かった頃。
2011年には震災があって、絆や繋がりという言葉が流行して、Facebookに登録している人もどんどん増えてきてから、2012年に72hoursが再度放送を始めます。
番組を通して知る「普通」の人生
通常、人は自分のことを「普通」と思って生きています。
この番組は「普通」な自分とは、全く違う「普通」の他人をまざまざと見せつけてくる番組です。
あくまで画面に登場する人々はその人なりの「普通」な人生を生きている。
その人の「普通」は、視聴者である私達にとっては変なものだったりする。そこに焦点を当てたのがこの番組の凄いところです。
他人の普通と自分の普通というのは違うのは当たり前です。
しかし、社会やSNSの中で生きる私達は、会社、家族、地域など、自分が所属しているコミュニティを内面化して普通だと感じるようになっていきます。
この番組を通して、社会で実際につながりがない、断絶した関係の一般人の普通の生活=変な生活や人、を見ることで、自分が普通と思っている考えが様々な「普通」の中の一つであることを再認識すると共に、「普通」と「変」の境界があいまいになっていきます。
72hoursで変質する「普通」と「変」
自分の持っていた「普通」と「変」の境界線がわからなることで、人は生きるのが楽になるのではないかと思います。
少なくとも私はそうです。
普通を求め続けられた教育を受けてきて、それに立ち向かうパワーもない、流されている「普通」な私。
やるのは自由だとしても、あれをしてはいけないのではないかと思う心。
でも、他人はそんなこと気にしていなかったり、誰かにとっては普通であったり、そんなことってよくあるんだろうなと。
だったらまあいいか、と。
好きにやってもいいか、と。
番組を見て、そう思うのは私だけではないはずです。